みん

【タイトル】 アントンの初恋
【作者】 みん

アントンの奴は懲りるという言葉を知らない。
もっともそのおかげで俺は退屈することがないんだけど
ね。
クロスベルからの帰り途のことさ、飛行船の中でフラン
さんへの思いを切々と語ったと思ったら、アントンはふ
と遠い目をしてこんな話を始めたんだ。

「なあリックス、僕の運命の人はいったいどこにいるん
だろう。
僕はずっと捜し続けているんだけどなぁ。

あれはもうすぐ10歳の誕生日を迎える頃だったっけ。
父さんがまとまった休暇を取れたもんだから、家族でエ
ルモ村に遊びにいったんだ。
一日中温泉に入ってさ、のんびりと一家団欒ってやつだ
よ。
最初の日は温泉が珍しくて楽しかったけど、二日目には
退屈になってさ、仕方なく食堂のあたりをうろうろして
いたら、通信機で話している婆さんの声がふと耳に入っ
たんだ。
『ポンプの調子が悪いんだよ。はやく見に来ておくれ。
…何が忙しいって。ツァイスからはすぐじゃないか。子
どもだって歩いて来れるよ。とにかく待ってるからね』
…子どもでも歩いていける!?
退屈しきっていた僕は早速その言葉に飛びついたのさ。
ふっくら温泉卵を鞄にしのばせ、雲ひとつない澄み切っ
た青い空を見上げ、ツァイスへの冒険の旅へと僕は第一
歩を踏み出した。
ボデッ
誰が気づくだろう、まさかあんなところに段差があるな
んて。
頭から思いきり転んだ僕は情けなくって情けなくって、
暫く動くことができなかったんだ。
その時だよ。
『大丈夫?』
おそるおそる顔を上げてみると、いや、驚いたね。
この世にこんな美しい人がいるなんて。
肩にかかる金髪が陽に透けてキラキラし、本当に天使の
輪のようだったんだ。
それにあの瞳といったら!
僕が見上げた青空よりももっともっと澄み切ったすいこ
まれそうな蒼。
『よかった。怪我はしていないみたいだね。気をつけな
いとだめだよ』
そういってそっと僕の頭を撫でてくれた。
僕は確信したよ。この人こそ僕の運命の人だってね。
とその時だ。
『クリス!やっと来たのかい。遅かったねぇ』
クリス…?
『やあ、マオ婆さん。すまなかったね。じゃあ早速ポン
プを見せてもらおうか』
その人はにっこり笑って『それじゃ』とばかりにもう一
度僕の頭を撫でて、宿屋の婆さんと一緒に去っていった。
クリス……クリス……クリス!?
信じられるかい、リックス。
僕の運命の人は、あの美しい人は、信じられないことに
なんと男だったんだ!
もう頭の中が真っ白さ。
なあ、リックス。僕はあの頃から運命の人を間違え続け
ているんだよ…」

ため息とともに口をつぐむアントンに、俺はかける言葉
が見当たらなかった。
だってそうだろう。
今もツァイスで技術者として働いている、10歳上の俺の
姉貴クリスティーナを男と勘違いしているなんてさ。
とりあえず俺はただ友達として、これからもアントンを
生暖かく見守るだけさ。

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